ひらり。ひらひら。
七色の蝶が澄み切った青空を舞っている。 どこかで見た景色が、桜桃の脳裡に拡がる。 雪と氷に閉ざされたカイムの地に、足を踏み出して緑を芽吹かせている少女が、桜桃の視線の先で躍っている。あれは、だれ?
さっきまで、小環と一緒に、寒河江雁にかけられた暗示を解こうとしていたのに。
どうして自分だけがこんな場所にいるのだろう。「天神の娘」
踊りつづける少女は、やがて桜桃を見つけて、嬉しそうに声をかける。顔が近づいてくる。近づいてきたのは、見たことのある色彩の双眸を持つ少年だった。
「――四季さん?」
「そうだよ。天神の娘。ボクは四季であってシキではない、逆さ斎の知識を持つ識さ。またきみに会えて嬉しいよ」シキ。その名もまた名前に縛られているのかと桜桃はいまになって痛感する。
「でも、あなたは四季さんよ」
「そうだね」頷く四季は、桜桃の手をとり、恭しく口づける。異国のお伽噺にでてくる騎士が姫君へ忠誠を誓うかのように。
「きみのふたつ名は、セツさまが帝都へ嫁される際に逆斎が預かったんだ。でも、いまのきみなら、その名に縛られて自滅することはないだろう。受け取ってくれ」
そうして授けられたのは、薄桃色の、薔薇によく似た丸みをおびた八重の花。
「きみのふたつ名は咲良(サクラ)。花が咲くに、良いという文字が充てられている。この土地に、この国に、春を呼ぶ天女に架せられた名前。きみの真実の名である桜の花、桃の花はもちろん、春を待つすべてのものたちを歓ばせることができる、セツさまが遺した、大切な名前だ」
「サク・ラ」……だから四季さんはあたしの本名を知っていてもずっとさくらと呼んでいたんだ。
すとん、と桜桃の身体に名前が沁みわたる。三上桜という偽りの名は、限りなく真実に近い似せられた名前だったのだと、いまになって思い知る。
「受け取ったその名だけが、羽衣を動かせる。天神の娘よ。羽衣たる少年と共に、春を呼べ」
「言われなくてもそのつもりよ